逆引き武士語『風聞』☜「うわさ」


『ふうぶん』

風に聞くと書いて『風聞』
うわさが立つということは、そこに何かがある、何かが起きている
その何かを風に聞くというのだから、詩的で素敵。
日本人はいつも風に何かを聞いていた。風を敏感に感じとってきたのだ。
「便り」も風に読んだ。
「風の便り」ということばもまた、「風聞」と根は同じだろう。

「ふうぶん」(風聞)は、「うわさ」の他「取り沙汰」「ほのかに聞く」などの意味もある。
「とかくの風聞でござる」
「悪しざまに風聞される」というような言い方が時代劇では、聞かれる。
「悪しざま」(あしざま)=悪く言ったり、悪いものとして扱う

☞同じ風でも「風評」というのはいただけない。情報が速く、広く、確実に伝達される時代にあって、風評被害などということばが罷り通っていることからして、解せない。

☞うわさは、風に運ばれるだけではなく、音でも聞く。

「うわさに聞く」ことを武士語では「おとにきく」(音に聞く)という。
うわさを音と表現する日本人は、どこまで繊細なのだろう。

☞「おとにきき めでてまどふ」(竹取物語)かぐや姫のうわさを聞いて、勝手に興奮して、舞い上がっている様子だ。

☞「おとにきくと みるときとはなにごともかはるものなり」
(徒然草/第七十三段)
“うわさに聞いたのと、実際に目にしたのでは大違いだ”と、兼好さんは、いっている。
「見ると聞くとでは大違い」ということか。
☞現代でも、「広く伝わる」「評判される」という意味で「聞こえる」と用いるが、「音に聞く」を源流にしているのだろうか。
因に、古語では「聞こえる」を「聞こゆ」という。
☞“聞く”ではなく“聞こえた”という「おとにきこえた」
こうなると、「名高い」とか「有名だ」という意で用いられる。
但し、「評判がいい」は「覚え目出たし」だ。
「おとにきけ」といってよく知られているのが、源平合戦の藤原景清の「勝ち名乗り」だ。
「遠からんものはおとにきけ 近くばよってめにもみよ」
(平家物語/巻十一)平氏の景清が、逃げる美尾屋十郎を捕まえんと引きちぎった兜のたれを長刀に差し掲げて上げて、大音声をあげた。
「音」を「耳」の意味とかけている。

[一筆余談啓上]

名乗りは、自分の氏素性、戦功、
意見や正当性
を大声で告げる。
味方の士気を高めたり、相手方の士気をくじいたり、挑発するためにも行われた。
論功行賞にも関わるので、名のある相手か否かを確かめるためもあったのだとか。
一番槍の功を認めてもらうのにもかかせないパフォーマンスだった。
源平時代の戦争を司馬遼太郎は「様式化された舞踊のようなもの」と表現していた。
敵を殺傷するというより、敵をおどし、意識の上で敵をして敗北を悟らしめようというやり方でスポーツに近いとも。
たとえば、名乗りが行われている間は、攻撃しないとか、約束事が慣用されていた。
元寇のときには、これが仇になって、名乗ろうと進みでたところを、一気に取り囲まれて、無惨にも倒されたという。
言葉の通じない相手に「やーやーわれこそは」「おとにきけ」と
大声をはりあげていたのかと、想像するだけで、滑稽にすぎるが、
微笑ましくもある。

 

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