逆引き武士語『手元不如意』☜「手持ちがない」


『てもとふにょい』

当座の持ち合せが無い、懐がさびしい、ときなどに「てもとふにょい」につき、といって切り抜ける。
「てもと」(手元)は、手の届くあたり。
「ふにょい」(不如意)は、読んで字のごとく、意の如くならない、「ままならない」という意味になる。
「手元」とは、手近の意味でもあり、只今現在だけ、たまたまという気分がある。しかし、時間の表現ではないので、しばりはなく、いつでもずっとのことでもいい。
つねに金欠であっても「手元不如意」になる。

「勝手不如意」は、貧乏の意味で使われていたようだ。
願書の記録で「勝手不如意御座候」というような一文が残されている。
親の代から貧乏で妻縁成り難いという内容だが、現代でも給与が少ないので、結婚できないという嘆きを耳にする。
武士の時代もそのあたりは、変わらないようだ。

☞江戸時代「手持ち無し」というと、
「手持ち無沙汰」の意味で使われた
「弥次郎北八は ただ見ているばかりで 手持ちなくて煙草入れの底をはたく」“間が持たなくて”(十返舎一九/東海道中膝栗毛)

[一筆余談啓上]

「手元」と言う場合の距離感は、いかほどのものだろう。
「一寸先は闇」という。
現代の感覚的には、一メートルほど先が真っ暗というイメージだが、
そんな生易しいものではない。
一寸は三センチ。目の前が闇ということだ。電灯のない時代、月や星の出てない夜は、一寸先から延々漆黒だった。
「闇夜にからす」というが、本当に区別はつくまい。
「世の中は寸前尺魔」

「一寸の虫にも五分の魂」とは、
小さな虫にだって身の半分に相当する意気地があるということ。
余程に昔からのたとえと思っていたが、初出は江戸時代も終わりに近くだった。これ勝海舟の父、勝小吉が、
切り捨て御免にされそうになった町人をかばって発した啖呵だった。
放蕩無頼の限りを尽くした貧乏旗本。その破天荒な生涯は、子母沢寛の「父子鷹」に描かれた。

勝小吉自身も「夢酔独言」という自伝を書き遺している。
それまで目に一丁字なかったが、四十過ぎて文字を習い、
その二年後には書いたというから集中力も並外れていたようだ。
自らの所業を棚に上げて
「気はながく、こころはひろく、
いろうすく、つとめはかたく、身をばもつべし」なんて、
自分のやってきたことをするな、と臆面も無く言い放っている。
「彼は子孫が真人間に成るようにといくらか考えたが、自分自身が真人間になることは考えなかった」
と、坂口安吾の情ある指摘もいい。

 

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