逆引き武士語『天下太平』☜「平和」


『てんかたいへい』


「平和」
は、明治に入ってもたらされた。「peace」の翻訳語として造語されたのだ。
それまで「和平」という漢語はあったが、「和することによって平らぐ」で、戦争状態だったものが仲直りするという意味だったので、あてはまらなかった。
そこで、和平をひっくりかえして「平らで穏やか」という意味の「平和」という語が生まれたのだというが、
「太平」とか「平安」などという言葉もあった、と思うのだが、ナゼ用いなかったのだろうか?
「平和」という言葉にしたのは、より「和」の意味合い「わする」、「なごむ」、「のどか」を重視したのかも知れない。

☞武士語的には「平和」を「天下太平」としよう。
「てんか」(天下)とは、全世界」「国全体」「国中」「世の中」「世間」。
「たいへい」(太平)とは、世の中がよくおさまり、おだやかであること。
太平にも世の中の意味が含まれているが、これに天下をのせ、天が覆おうすべて、と強調した。
日常語としては、大した心配事もなく、のんびりしていることを指して、使う。
時代劇では、江戸時代にかかる枕詞的にも用いられる。

☞「かくてぞ国家のたいへい、武運の長久にて候はんと存ずるは」
(太平記)

☞天下国家のご政道とは無縁の庶民に親しんだのは、「太平無事」だろう
「そりゃ太平無事な日なら、いくら無能のものでも、上に立つ御武家様で威張っていられる」(島崎藤村/夜明け前)

「太平楽」
天下太平を祝って奏する舞楽。
「太平楽」が悠長な曲とされてきたから、転じて「好き勝手をいってのんきにしていること」「勝手きままにふるまうこと」の意に。
「わざと弱みをみせぬつもりの太平楽なり」(続東海道中膝栗毛)

「ことなし」(事無し)、読んで字のごとしで、何事もない。
即ち、「平穏無事」「平和」ということ。
人の世の平和を乱す煩わしいことのすべてを呑み込んで、あっさり「無し」と言ってのけている。
「おほやけ わたくしに ことなきや」(源氏物語/若菜上)
公私どこにも、心配な事がない、取り立ててすることもない、
まさに平和な日常風景が広がる。

☞「へいあん」(平安)も何の心配もなく平和なことを意味する。

☞「あんねい」(安寧)も世の中が穏やかで安定している、
まさに、平和のことをいう。

「極楽浄土」
われわれ 凡夫の住む現世の世界(穢土)から西方に十万億土離れた彼方にある阿弥陀如来 のいる世界。
楽しみのみあって苦悩のない、平和の理想形だという。

[一筆余談啓上]

扨も、天下国家を論じようか。
この国すべての範囲をとらえることばとして、国号としての「日本」ではなく、
近世以降長く「天下」が、用いられたと思う。
「日本」という文字がはじめて文献にあらわれるのは『隋書』だ。
が、わが国では使われることなく、「倭国」の名称を使用していた。
文武天皇が藤原不比等に命じて制定させた大宝律令(701年)によって、「日本」という国号が法的に成立した。
これにて、われらが日本人になったということでもある。
だが、これまたほとんど使われないまま過ぎた。
ただ、「天下」も定まった概念はなく、天皇・上皇の意味にも使われた。
江戸時代には、将軍のことを指すようになり、天下に様までついた。
戦国の動乱を経て豊臣政権のころから「日本」がわずかばかりだが顔を見せてきた。
天下一というより日本第一というような言い方もでてきた。
江戸期に入ると、井原西鶴の『日本永代蔵』のように「日本」も普通に使われるようになった。
思うに、「天下」は、関白秀吉や将軍様の専売特許で、矢鱈には使いにくいので、
みんなの使えるこの国を表すことばが求められ、「日本」が甦ったのではなかろうか。
にしても「天下」ということばは、気持ちを昂揚させる。
「天下無双」「天下御免」「天下無敵」とどれも勇ましい。
その中で、「天下太平」は鉾をまるごとおさめて、この世の春。
大きく伸びをするような
悠々としたイメージがある。
矢庭だが、クイズです。「三日天下」と「百日天下」それぞれダーレだ?

※明智光秀。織田信長を倒して天下をとってから、わずか13日後に豊臣秀吉に滅ぼされたところから、きわめて短い間だけ権力を握ることの意に。
※※ナポレオン1世。エルバ島を脱して、帝政を復活してから、ワーテルローの戦いで敗北し退位するに至るまで約100日間の支配だった。

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