武士語を読み解く☞『おぬし』


『あなた』の武士語は
☞『おぬし』で御座る

『おぬし』(御主)
同等の身分かそれ以下の対称語。

<用例>
『お主出来るな』
『お主も悪(ワル)よのう』

武士が使っていたであろう、いわゆる二人称は実に豊富だ。
身分社会のなかで関係性を明確にし、コミュニケーションを円滑にしてゆくために、増えていったのだろう。
上下秩序を守る上でも儀礼上適確な呼称は重要だった。

☞最もポピュラーなのが
『おぬし』(御主)で、
次いで『そなた』(其方)であろうか。
『そち』『そのほう』という言い方もある。どちらも『そなた』と同じく『其方』と漢字表記する。

☞そもそも「あなた(貴方)」という語自身、上代から江戸時代もずっと相手を立てる、尊敬した呼称として使われている。
▶︎「あなたが御屋敷にお出で遊ばす時分は」(浮世風呂)

『おまえ』(御前)も相手に対する尊敬をこめた言葉だった。
『おめー』は、侠者方言。
※複数の相手を卑しめていう「おめーら」の武士語は、
『うぬら』(汝等)

◆若年寄(いまの政務次官にあたる)から老中(閣僚にあたる)に物をいうときは「お前様からおっしゃりつけ(仰せ付け)の何々」といい、老中からは「御自分」「おまえ」といった。
幕府内では、相手のことは「自分」といい、
自分のことは「自分の名前」をいう。
「内膳はこう存じます」というように。
「わたくし」とはいわない。将軍が「わたくし」というからである。
※参考:「サラリーマン武士道」(山本博文/講談社現代新書)

[武士語で「あなた」もっと]

☞『貴殿』(きでん)
☞『貴公』(きこう)
☞『貴様』(きさま)
☞『御身』(おんみ)
☞『御手前』(おてまえ)
☞『其許』(そこもと)
☞『其文字』(そもじ)
☞『わぬし』(我主)
☞『御自分』(ごじぶん)
☞『汝』(なんじ)
☞『己』(うぬ/おのれ)
※罵り貶めて言う語
☞『足下』(そっか)
※もとの意は、卑下語で「自分はあなたの足下(あしもと)にいる」ということだが、江戸期の武士の用語としては、師匠が弟子に対して使った。

[一筆余談啓上]

「お主」といえば「ワルよのう」は、「ツー」といえば「カー」の如く、誰もが御存知、悪代官と悪徳商人のやりとりだ。
「これで、よしなに」と菓子折りを差し出す悪徳商人、上の段を少しずらして、底にしのばせている黄金色をちらりと、見せる。
素知らぬ振りをしていた代官、にんまりして、ひと言「お主もわるよのう」と、「ふふふふ、ふぁがははは」と腹の底からしぼりだしたように卑しく笑う………。

この「お主もわるようのう」は、文献には、見当たらないから、ドラマの創作だとされる。官民癒着の構造をこれみよがしに表現した制作者の演出力も見事だが、初出は不明。また、実際にドラマで使われていることもほとんどないという。とすると、いったいどのような経緯を経て、定番と思われるほどに定着したのだろうか。

幕末の若き志士たちは、「きみ(君)」と呼ぶ言い方を好んだようだ。

君は、中国伝来で、上代から同輩あるいは目下の者に対する二人称として用いられてきた。そもそもは相手を尊んだ言葉。
吉田松陰は、自分のことを「僕」といい、弟子を「〜君(くん)」と呼んだ。そこには、教える僕も教えられる君も人として対等という松陰の考え方があった。松下村塾内では、塾生同士、身分にかかわらず、「僕」「君」と呼び合った。それが、出身や身分の垣根を取り払った呼称として全国の志士の間に共有され、志を一つにする同士であることの共感とともに広まったという。

新しい時代を夢見る昂揚した気分を帯びたものだったのだろう。
「あなた」よりぞんざいだが「おまえ」よりていねいな言い方として、現代でも多用される。



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