『けしからぬ』
「ぶれい」(無礼)も武士語として、時代劇などの登場頻度は高い。
「無礼の段御容赦」などと用いられる。
「蛮夷僭上無礼の至極ぜひにおよばず候」(太平記)
“武士が身分をわきまえず無礼を極めるのは、仕方がない”
不作法、礼を失することの意味で、上代からあり、「むらい」「ぶらい」といっていたものが転じた。
「むらいの罪はゆるされなむや」(源氏物語/常夏)
☞「無礼だ」と憤慨し相手を強く非難して投げかける語なら
「けしからぬ」(怪しからず)だ。
ひどく腹を立てている感が滲み出る。
「普通ではない」「道にはずれている」意の「けし」(怪し・異し)。
その未然形「けしから」に打ち消しの助動詞「ず」の付いた語で、「けし」を打ち消すことで、けしどころではないと強調した。
「けし」だけでは、怒りがおさまらず、ダメダメだと「ず」をつけてしまったのだろう。
近世以降「けし」は姿をけし、
無礼だ、不都合だ、不届き、不埒だと憤慨の表現に特化した「けしからず」がとってかわった。
「けしからぬ」から「けしからん」に転じた。
無礼にかかわらず、よくない所業ことごとく「けしからぬ」と一喝だ。
☞「無礼者」と同様に用いられるのが「ふとどきもの」(不届き者)
「ふとどき」は、「不届」。文字通り届かないことを指した。
届かないことが「行き届かない」「配慮が足りない」という話ことばになった。
「不届き千万」「重々不届至極」などは、時代劇の定番。
☞「不届き」と似た意味に「ふつつか」(不束)がある。
配慮が行き届かないの意は「不届き」と同様だが、その振り子が、無礼でなく、
気が利かない、浅はか、粗忽の方にふれたことばだ。
もともと「ふとつか」(太束)で、太く丈夫なさまをいったものが、中世以降、風情・風流に欠けた野暮ったい意味になり、音変化して「不束」と当て字されるようになった。
「ふつつかもの」(不束者)は、「気の利かない人」「配慮が不十分で至らぬ人」「未熟者」。
「不束ながらお拵え申した」というように、謙遜をこめた言い方が相手のふところを広げる。
☞「ふらち」(不埒)も
「無礼だ」「けしからぬ」の意味で使われる。
☞江戸時代、奉行所の沙汰の言い渡しに「不届き」と「不埒」があった。
「不届きに付き」と切り出されたら重罪。法に従わない者として厳罰に処せられた。
「不埒に付き」だと、不心得者という意味で軽い罪で済んだようだ。
☞「けしからぬ」「不届き」の意味で「もってのほか」(以ての外)も多用される。
「手段」「方法」「原因」「理由」を表す「もって」(以て)に、
その他の「ほか」(外)で、意の外、想定を越えたとんでもないことの意。言うにたえない「言語道断」だのニュアンスで、はなはだしい程度がもっとも大きいようだ。
☞「無礼者」と比肩する武士語が「りょがいもの」(慮外者)だ。
「この慮外者めが」と、無礼を非難する。
「りょがい」(慮外)とは、「思いの外」。そんなこと思いもよらない。ぶしつけ、無礼なさまをいう。
「慮外千万」で非常に無礼だ。
「慮外ながらひと言申しあげます」
ぶしつけですが、と、意見を言うときにひと言添えると、礼儀を弁えていると評価される。
一方で「慮外なことを」というと、出し抜けの無礼を詰る意味になる。
☞けしからん、不届き、不埒、慮外、以ての外と、古くから憤慨と非難のことばが数多くあるというのに、
さらに加えて逆上、マジギレ、激おこなど新語もゾクゾク。
ひどく腹を立てることの表現をこれほど多くもっている国民は世界でも稀ではないか。
遺憾なのは、公に向けて放つけしからぬの共有語を持たないことだ。
[一筆余談啓上]
慮外ながら、前回の「美人」の項、さらに余談を続けたい。
「大和撫子」から受けるのは、
清楚な美しさ。品があり、控えめで、清らか。際立った美貌や色気を差し置いて、なお美人の印象だ。
河原に咲く可憐な花が、愛しい子どものようで「撫子」とついたという。
中国の唐撫子とは異なる日本原産ということで「大和撫子」と呼ばれた。
語源論は別にもあり、スサノオウの妻「クシナダヒメ」が「撫子」だったことに由来するという。
クシナダヒメは両親からテナヅチ、アシナヅチ「手足を撫でるように大事に育てられた子」で「撫子」。
謙虚で、優しさや思いやりがあり、それでいて芯の強さをもった「撫子」が、理想的な日本女性の雛形になった。
ところで、クシナダを妻に娶ることを条件に、八岐大蛇を退治したスサノオウの古事も、斜に見ると、クシナダが美人でなかったなら、オロチも討たれずにすんだということだ。
女子サッカー日本代表の愛称を「なでしこジャパン」としたのは秀逸だった。
前回の東京オリンピックで金メダルを獲ったバレーボール女子も「なでしこ」を冠してもよかった。
ただ「東洋の魔女」と名づけたのは、世界の称賛。海外のメディアだったそうだ。
カーリング女子は「クリスタル・ジャパン」、バレーボールは「火の鳥NIPPON」、アイスホッケーは「スマイルジャパン」で、ハンドボールは「おりひめジャパン」だそうだが、
思うに、きたる東京オリンピックでは、すべての競技、日本女子代表は「なでしこ」とつけて
世界のオロチを退散させたらよいのでは。
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『たわけ』 「ばかもの」ということば自体、南北朝時代の文献にみられるという。 「ばかのもの」といい、 「狼藉をはたらく者」の意味で用いられている。 いつごろから、「乱暴者」から、現代使われているような「愚かしい」という意 […]
逆引き武士語『小町』☜「美人」
『こまち』 美人をいうのにも等級があるのだそうだ。 横綱が「佳人」で、大関が「麗人」そして関脇が「別嬪」だという。 「別嬪」は、単に美しいのではなく非常に美しい女性で、これに育ちの良さが加わると「麗人」、知性まで備わった […]
逆引き武士語『怪しからぬ』☜「無礼だ」
『けしからぬ』 「ぶれい」(無礼)も武士語として、時代劇などの登場頻度は高い。 「無礼の段御容赦」などと用いられる。 「蛮夷僭上無礼の至極ぜひにおよばず候」(太平記) “武士が身分をわきまえず無礼を極めるのは、仕方がない […]
逆引き武士語『天下太平』☜「平和」
『てんかたいへい』 「平和」は、明治に入ってもたらされた。「peace」の翻訳語として造語されたのだ。 それまで「和平」という漢語はあったが、「和することによって平らぐ」で、戦争状態だったものが仲直りするという意味だった […]
逆引き武士語『御注進』☜「報・連・相」
『ごちゅうしんにおよぶ』 「ほうれんそう」と聞いて「ポパイ」と答える人は、相当長い間人間をやっきたに違いない。 恋人のオリーブがピンチになると、缶詰を握りつぶしてほうれん草を口にほうりこむ。腕の力こぶがみるみる大きくなっ […]
逆引き武士語『異な事』☜「また妙なことを」
『いなことを』 「いなこと」(異なこと)の「い」(異)とは、普通とは異なっていること。 「妙なこと」「不思議なこと」「おかしなこと」の意味。 「い」(異)ひと言は、現在の「えっ?」のようなものだろう。 言葉として口に出す […]
逆引き武士語『天晴れ』☜「見事だ」
『あっぱれ!』 殿様が扇を開いて「天晴れ!ほめてつかわす」というのは、時代劇コメディの定番。 歴史ものではあまり見られない。 ということで、「天晴れ!」は、肩肘はらずに面白半分で、使える武士語といえそうだ。 ☞「あっぱれ […]
逆引き武士語『曲げて』☜「無理を承知で」
『まげて』 「まげて」とは、道理や意志に反して行動するさま。 「理をまげて」の意。 無理を承知で頼むときに使う。 自分の要望ををなんとか了承してほしいと相手に願う気持ちを表す。 無理でも。是が非でも。なにがなんでも。 「 […]
逆引き武士語『下知する』☜「命令する」
『げちする』 「げち」は、命令、指図すること。 上から下に知らしめるから、漢字表記は「下知」。 「命令する」は「下知する」。 ☞『平家物語』には、戦記シーンで「下知」が頻出する。(げぢと読む) “みな平家の下知とのみ心得 […]
逆引き武士語『面目ない』☜「申し訳ない」
『めんもくしだいもござらぬ』 「めんもくない」というところを 「面目次第もないことでございます」と、幾重にも丁寧を重ねたのが、 「面目次第も御座らぬ」。 「世間に合わせる顏がございません」という意味がまぶされた、お詫びの […]
逆引き武士語『約する』☜「約束する」
『やくする』 義を重んじる武士同士の間で、あえて約束などをしただろうか、とふと考えた。 約束というのは、破られては困ることを破られないようにするために、互いを拘束する決め事。だとすると、 信義にもとることはありえないとす […]
逆引き武士語『不覚をとる』☜「油断した」
『ふかくをとる』 「ゆだん」気を緩めること、注意を怠ることを「油断」と表記する。 いったいどのような事情から「油を断つ」という漢字を宛てるようになったのか? ☞語源も諸説あるようで、ひとつは、大般涅槃経に所収の「王、一臣 […]
逆引き武士語『時分』☜「よいころあい」
『じぶん』 テレビドラマ「相棒」のなかで、杉下右京が「そろそろ参る時分だ」と何気にもらした。 “えっ、じぶん、って、自分のことじゃないよね”、と耳を疑った。 「じぶん」を漢字表記すると、時間の「時」と「分」で「時分」。 […]
逆引き武士語『渡りに船』☜「ラッキーだ」
『わたりにふね』 どうやって向こう岸に渡ろうかと思案していた、ちょうどそのとき、 どうぞお使いくださいとばかりに目の前に舟が寄せてきた。 なんとラッキーなことだ、と。 この挿話が、法華経の「渡りに船を得たるが如く」の一文 […]
逆引き武士語『心得て候』☜「理解する」
『心得て候』 「こころえ」(心得)、今日でも、何かをする際に知っておくべきこと、習ったといえる程度の技芸を身につけていること、の意味で使われる。 「心得る」といって、理解する、了解する。 「心得た」といえば、細かい事情な […]
逆引き武士語『新参者』☜「ルーキー」
『しんざんもの』 「ルーキー」とは、メジャーリーグMLBの新人を指す。 大谷翔平も日本での実績にかかわらず、MLBでは、ルーキー。 新人王おめでとう。 メディアは、大谷を二刀流と称している。 なんと武士語である。 黒船の […]
逆引き武士語『子の刻』☜「零時」
☞『子の刻』 「零時」というのは、1時から1時間を引いた時。 一日が始まる時刻。明治初期の太政官逹では、夜中の12時を「午前零時」、昼の12時を「午前12時」と表記するものとなっている。 江戸時代の時刻の呼称は、二通りあ […]
逆引き武士語『道行き』☜「ロマンス」
☞『道行き』 「みちゆき」(道行き) このことばの第一義は、読み通り、道行くこと、道中。また、道の行き方。 古くは、「道行き」は、出発地から目的地に到着するまでの道程を口頭で語ったもので、言語化された地図だとも、あるいは […]
逆引き武士語『げせぬ』☜「分からない」
☞『げせぬ』 大川端に流れ着いた男女の土左衛門。冥途への道行き離れまいと、 手首と手首を結んだ帯締め紐に、目をおとした、銭形平次。 そこでひと言「こいつぁ、げせねぇ」。 平次親分の頭をかすめた疑いがもつれた糸をするりとほ […]
逆引き武士語まとめ☞あ行〜わ行
<表記凡例>『現代語』☞『武士語』※読み解き>用例/実例◯別義(武士語の他の現代語意味)◆参考 [あ]行 『あいしています』(愛しています)☞『おしたいもうす』(お慕い申す)☞『こう』(恋う☞『こがれる』(焦がれる)☞『 […]