『必ず、きっと』の
武士語は
『ひつじょう』(必定)
で御座る
「必ず」「きっと」など、
確実に、まちがいなくそうなることを「ひつじょう」(必定)という。
漢字にすると「必定」。
必ず定まる、読んで字の如しとなるのは、当然で、「ひつじょう」が先にあり、
後にそれらしい漢字をあてはめたからだ。
☞「必」は、兵器の戈・矛や鉞(まさかり)の頭部を柄に装着する部分の形、象形文字。
仮借して「かならず」の意味に用いるようになった。
「定」は、“安なり”と説文にあり、安定(物事が落ち着いていて激しい変化のない状態)の意味だ。
☞「さだまる」(定まる)は、決まる。安定する、落ち着くの意。
「この京は人の家まださだまらざりけるときに」(伊勢物語)
☞「かならずさだまる」で「必定」(ひつじょう)
そうなると決まっていること。必ずそのように落ち着くと判断されること。
「必ず」「きっと」「確かに」「まちがいなく」という意に「必定」を用いることで荘重さがもたらされた。まさに武士語らしい言い方になる。
「〜ことは必定である」というように言う。
>「ひつじゃう源氏の残党ならん」(浄瑠璃、布引滝)
※曲者はまちがいなく源氏の残党だ。
☞「かならず」という語は、もとからある。
上代から、推量表現を伴って、「きっと」「確かに」の意で用いられていた。
>「春まで命あらばかならず来む」(更級日記)
>「このたびはかならずあはむと」(竹取物語)
※今度はきっと結婚するだろう
>「きまって」という意味でも使われた。
「下衆のことばには、かならず文字余りたり」(枕草子)
◆思った通り、予想通りに事態が進んだときに
「あんのじょう」(案の定)という。
「必定」と似たような経緯で、武士の時代になって、生まれた語のように思う。
「案」は、考え、くわだて、予想。
「定」は、必定の意味合いが含まれて、必ずそうなると決まっていること、まちがいなく、確かに。
「案の定」は、「予想していた通りの結論に落ち着く」という意の
「やはり、やっぱり」の武士語としたい。
◆「必ず、きっと」の意で
「かまえて」も時代劇によく登場する。
下に命令や禁止、打ち消しの語を伴って用いられる。
☞「かまへて訪ねてくるなと申し付ける」=絶対に来るな、というくれぐれもの気持ちがこめられる。
>「かやうのものをば、かまへて調ずまじきものなり」(宇治拾遺物語)
※決してこらしめてはいけない
>「しばしばかまへてあそばすまじきにて候」(毎月抄)
☞「かまえて他言無用に」=絶対に他人に漏らすなよ、必ず、きっとだ。
☞「かまえて門外不出に」=絶対に他人に貸与したり、外に持ち出すな。
これら慣用的な言い回しには「かまえて」の別義、
「よくこころにかけて」「注意して」「慎重に」などの意味も含まれている。
☞「かまえて」が、意志や希望の表現を伴って用いられる場合は、
「なんとかして」「ぜひとも」になる。
>「おのれ、かまへてかの御ことをとどめ侍らむ」(大鏡)
>「この馬を見てきわめて欲しく思ひければ、かまへて盗まむと思ひて」(今昔物語)
※なんとかして盗もうと思って
☞「かまえて」は、「かまう」(構う)の活用形が一つの用語になったもの。
「かまう」は、「かかわる」「相手になる」「面倒をみる」「支度する」などの意で、その打ち消しが
「かまうな」(構うな)だ。
「気にするな」「気をつかうな」「どうってことない」「不要」などの意で用いられる。
◆そのものごとに「かかわらなくてよい」と伝える武士語表現としては、
「すておけ」(捨て置け)でしょう。
そのままにしておけ。いかにも、情け容赦ない感が滲んでいる。
◆見込み通りに、まちがいなく、是非、というニュアンスの「きっと」で、
「ゆめゆめ」(努努)という言い方もある。
強く要請・勧誘するような場合に使う。
>「ゆめゆめかく居給ひたれ」(今昔物語)※きっといて
ただ、「ゆめゆめ」は、禁止表現を伴って、
「断じて」(ダメだ)の意で用いられたり、
下に打ち消しの語を伴って、
「まったく」「全然」「少しも」の意で多く使われる。
[一筆余談啓上]
よくなること「必定だ」と言われると、太鼓判を押されたようで、うれしいものだ。
反対に「見込みがない」と言われたらどうだろう。
胸に深手を負うこと必定。
だいたい「みこみ」という語は、見たようす。外観の意味でしかない。
井原西鶴の『好色五人女』に「みこみのやさしさ」という言い回しが出てくる。
「みこみのよい」といえばイケメンのことだ。
動詞になる「みこむ」で、有望に思う、目をつける、あてにする、価値を認識する。という意にはなる。
おそらく武士は「みこみあらず」などとは言わなかったのではないか。
「累卵の危うき」(危如累卵)「画餅に帰す」とか、中国の故事を引用しただろう。
因みに絵に描いた餅、画餅は三国志の魏書に出てくる。
「選擧莫取有名 名如畫地作餅 不可啖也」
「名声にたよって採用するな。名声なんて描いた餅のようなもので、
食べられない」曹操がそう言った。
そうそう、そこから『画餅に帰す』という言葉になった。
茶碗の内側の底のあたりも『みこみ』という。
「徳利はくびれ、盃はみこみ」は、美的の良否の基準。
因みに徳利は、お酒を注ぐときに、くびれが生み出すトクリトクリという音が語源だともいう。
NHKTVの『美の壺』で紹介していたけれど、
壱のツボ、徳利はくびれが生み出す音を味わう。
弐のツボ、盃は見込みの眺めに酔いしれよ。
因に、参のツボは、肌に表れる雨漏りを味わう、だった。
もともとは白だったのが、時代を経るごとにできたシミを雨漏りと呼ぶそうだ。かすみがかったような、幽玄の風景を思い起こさせるのだとか。
ところで、みこみとみとおしどう違う?。
見込みは、先行きの予想、将来の可能性。
見通しは、遠くまで見えるということで、物事のなりゆき。
ついでに見得と見栄どう違う?
見得は、大袈裟に自分を誇示するような態度をとること。
歌舞伎で、役者が高まりを示すために、一瞬動きを止めて、目立った姿勢や表情をする所作を「見得を切る」という。
見栄は『見せかけ』
他人によくみられるためにうわべをかざること。
みえは、はるのではなくきる、のが美のツボのようだ。
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『ゆるがせにしない』 「ゆるがせ」(忽せ)は、語感は力強いのだが、その意味となると、ぼんやり、頼りない。 「注意を向けないで、物事をいい加減にしておくさま」 「手を抜いておろそかにするさま」をいう。 ☞語源は、「ゆるいか […]
逆引き武士語『濡れ衣』☜「根も葉もない噂」
『ぬれぎぬ』 「ぬれぎぬ」(濡れ衣)は、「根も葉ものないうわさ」「無実の浮き名」「身に覚えのない罪」。 「ぬれぎぬをのみきること、いまははらへ捨ててむと」(和泉式部集) ☞「ぬれぎぬ」は、文字通り雨水や海水などに濡れた衣 […]
逆引き武士語『駕籠』☜「乗り物」
『かご』 「のりもの」は、人を乗せて運ぶものの意で、馬、牛、車などを称し、上代から言葉として、使われている。 「花の春、紅葉の秋、のりものを命(おほ)せて向かひ」 (常陸国風土記) 江戸時代になると、 とくに許された者が […]
逆引き武士語『たわけ』☜「馬鹿者」
『たわけ』 「ばかもの」ということば自体、南北朝時代の文献にみられるという。 「ばかのもの」といい、 「狼藉をはたらく者」の意味で用いられている。 いつごろから、「乱暴者」から、現代使われているような「愚かしい」という意 […]
逆引き武士語『小町』☜「美人」
『こまち』 美人をいうのにも等級があるのだそうだ。 横綱が「佳人」で、大関が「麗人」そして関脇が「別嬪」だという。 「別嬪」は、単に美しいのではなく非常に美しい女性で、これに育ちの良さが加わると「麗人」、知性まで備わった […]
逆引き武士語『怪しからぬ』☜「無礼だ」
『けしからぬ』 「ぶれい」(無礼)も武士語として、時代劇などの登場頻度は高い。 「無礼の段御容赦」などと用いられる。 「蛮夷僭上無礼の至極ぜひにおよばず候」(太平記) “武士が身分をわきまえず無礼を極めるのは、仕方がない […]
逆引き武士語『天下太平』☜「平和」
『てんかたいへい』 「平和」は、明治に入ってもたらされた。「peace」の翻訳語として造語されたのだ。 それまで「和平」という漢語はあったが、「和することによって平らぐ」で、戦争状態だったものが仲直りするという意味だった […]
逆引き武士語『御注進』☜「報・連・相」
『ごちゅうしんにおよぶ』 「ほうれんそう」と聞いて「ポパイ」と答える人は、相当長い間人間をやっきたに違いない。 恋人のオリーブがピンチになると、缶詰を握りつぶしてほうれん草を口にほうりこむ。腕の力こぶがみるみる大きくなっ […]
逆引き武士語『異な事』☜「また妙なことを」
『いなことを』 「いなこと」(異なこと)の「い」(異)とは、普通とは異なっていること。 「妙なこと」「不思議なこと」「おかしなこと」の意味。 「い」(異)ひと言は、現在の「えっ?」のようなものだろう。 言葉として口に出す […]
逆引き武士語『天晴れ』☜「見事だ」
『あっぱれ!』 殿様が扇を開いて「天晴れ!ほめてつかわす」というのは、時代劇コメディの定番。 歴史ものではあまり見られない。 ということで、「天晴れ!」は、肩肘はらずに面白半分で、使える武士語といえそうだ。 ☞「あっぱれ […]
逆引き武士語『曲げて』☜「無理を承知で」
『まげて』 「まげて」とは、道理や意志に反して行動するさま。 「理をまげて」の意。 無理を承知で頼むときに使う。 自分の要望ををなんとか了承してほしいと相手に願う気持ちを表す。 無理でも。是が非でも。なにがなんでも。 「 […]
逆引き武士語『下知する』☜「命令する」
『げちする』 「げち」は、命令、指図すること。 上から下に知らしめるから、漢字表記は「下知」。 「命令する」は「下知する」。 ☞『平家物語』には、戦記シーンで「下知」が頻出する。(げぢと読む) “みな平家の下知とのみ心得 […]
逆引き武士語『面目ない』☜「申し訳ない」
『めんもくしだいもござらぬ』 「めんもくない」というところを 「面目次第もないことでございます」と、幾重にも丁寧を重ねたのが、 「面目次第も御座らぬ」。 「世間に合わせる顏がございません」という意味がまぶされた、お詫びの […]
逆引き武士語『約する』☜「約束する」
『やくする』 義を重んじる武士同士の間で、あえて約束などをしただろうか、とふと考えた。 約束というのは、破られては困ることを破られないようにするために、互いを拘束する決め事。だとすると、 信義にもとることはありえないとす […]
逆引き武士語『不覚をとる』☜「油断した」
『ふかくをとる』 「ゆだん」気を緩めること、注意を怠ることを「油断」と表記する。 いったいどのような事情から「油を断つ」という漢字を宛てるようになったのか? ☞語源も諸説あるようで、ひとつは、大般涅槃経に所収の「王、一臣 […]
逆引き武士語『時分』☜「よいころあい」
『じぶん』 テレビドラマ「相棒」のなかで、杉下右京が「そろそろ参る時分だ」と何気にもらした。 “えっ、じぶん、って、自分のことじゃないよね”、と耳を疑った。 「じぶん」を漢字表記すると、時間の「時」と「分」で「時分」。 […]
逆引き武士語『渡りに船』☜「ラッキーだ」
『わたりにふね』 どうやって向こう岸に渡ろうかと思案していた、ちょうどそのとき、 どうぞお使いくださいとばかりに目の前に舟が寄せてきた。 なんとラッキーなことだ、と。 この挿話が、法華経の「渡りに船を得たるが如く」の一文 […]
逆引き武士語『心得て候』☜「理解する」
『心得て候』 「こころえ」(心得)、今日でも、何かをする際に知っておくべきこと、習ったといえる程度の技芸を身につけていること、の意味で使われる。 「心得る」といって、理解する、了解する。 「心得た」といえば、細かい事情な […]
逆引き武士語『新参者』☜「ルーキー」
『しんざんもの』 「ルーキー」とは、メジャーリーグMLBの新人を指す。 大谷翔平も日本での実績にかかわらず、MLBでは、ルーキー。 新人王おめでとう。 メディアは、大谷を二刀流と称している。 なんと武士語である。 黒船の […]
逆引き武士語『子の刻』☜「零時」
☞『子の刻』 「零時」というのは、1時から1時間を引いた時。 一日が始まる時刻。明治初期の太政官逹では、夜中の12時を「午前零時」、昼の12時を「午前12時」と表記するものとなっている。 江戸時代の時刻の呼称は、二通りあ […]
逆引き武士語『道行き』☜「ロマンス」
☞『道行き』 「みちゆき」(道行き) このことばの第一義は、読み通り、道行くこと、道中。また、道の行き方。 古くは、「道行き」は、出発地から目的地に到着するまでの道程を口頭で語ったもので、言語化された地図だとも、あるいは […]
逆引き武士語『げせぬ』☜「分からない」
☞『げせぬ』 大川端に流れ着いた男女の土左衛門。冥途への道行き離れまいと、 手首と手首を結んだ帯締め紐に、目をおとした、銭形平次。 そこでひと言「こいつぁ、げせねぇ」。 平次親分の頭をかすめた疑いがもつれた糸をするりとほ […]
逆引き武士語まとめ☞あ行〜わ行
<表記凡例>『現代語』☞『武士語』※読み解き>用例/実例◯別義(武士語の他の現代語意味)◆参考 [あ]行 『あいしています』(愛しています)☞『おしたいもうす』(お慕い申す)☞『こう』(恋う☞『こがれる』(焦がれる)☞『 […]