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逆引き武士語『面目ない』☜「申し訳ない」

『めんもくしだいもござらぬ』


「めんもくない」
というところを
「面目次第もないことでございます」と、幾重にも丁寧を重ねたのが、
面目次第も御座らぬ」。
「世間に合わせる顏がございません」という意味がまぶされた、お詫びの語になる。

☞「めんもく」(面目)
は、「体面」「名誉」「立場や評価」。「人にあわせる顏」。
「めんぼく」「めいぼく」ともいい、もとは、容貌の意味だった。
「しだい」(次第)は、「順序」「一部始終」「事情」などの意だが、
「面目」に続けることで、面目を強調している。
「次第です」という言い方は、今でもビジネスシーンで使われる。
「〜という事情です」などをより丁寧に言い表した印象になる。

☞仲間内では「めんもくない」(面目ない)で、通っただろう。まことに恥ずかしくて人に合わせる顔がない、ということに力点があり、今でいうご迷惑をおかけしました、というより、世間体がなくなった、恥をかいたという気分のほうが強い。

「めんもくがたつ」(面目が立つ)とは、名誉が保たれる。世間に顔向けできる。
「めんもくをほどこす」(面目を施す)も、体面・名誉を保つ。世間の評判を高める意。
反対に、名誉に傷がつくことを
「めんもくをつぶす」(面目を潰す)という。

☞お詫びのことばとして、平安時代までは「かしこまる」「かたじけなし」が多く使われた。
畏怖、畏敬の感情「畏れ多い」ということが、お詫びの表明だった。
お詫びそのものは、「かしこまり」(畏まり)といった。
「かしこまる」(畏まる)は、「謝罪」「わびる」。
他に畏れ敬う、謹慎する、謹んで正座するなどの意がある。
「かたじけなし」(忝し)には、尊ぶべきものに対して自分が恥ずかしいという意があり、申し訳ないの意味に使われたのだろう。

「ゆるす」(許す・赦す・緩す)も、「許可する」「聞き入れる」「赦免」するなどの意で、そこから、今の「許してください」の意味で「ゆるしたまへ」(許し給え)と言った。

☞現代のお詫びの代表語「ごめんなさい」につながるのが、「ごめん」(御免)、武士の擡頭に伴って生じた。
「官職をとく」「許す」意味「免ず」「免」に、尊敬の接頭語「御」がついた。
当初は、許す人を敬う言い方として用いられたが、室町前期には、許しを求める言い方で、相手の寛容を望んだり、自分の無礼を詫びる表現になっていった。
「御免候へ」「御免被下」(ごめんくだされ)など文書で散見する。
「ごめんこうむる」(御免蒙る)が、武士の許しを得る慣用句。
別に、依頼ごとを嫌だ、やりたくないと断る語も「御免蒙る」という。
「まっぴらごめん」(真っ平御免)といえば、いやじゃ、いやじゃ、まったく嫌だの意。

☞「相すまぬことでござった」
「すむ」(済む)とは、「かたがつく」「義理や義務が果たせる」という意。
それが「済まない」から申し訳ありませんとなる。
「相」は、「確かに」「まさに」の意。語調を整え、意味を強め、重々しくする武士語の定番句。
「謝ったところで済む話ではない」で、「済まない」といっている。
「御免」のように相手を敬った表現でもない。
今では「すみません」のほうが「ごめんなさい」より、お詫び感が丁寧だと受けとめられているようだ。

「ご無礼の段 平に御容赦くだされ」
「平に」(ひらに)は、「なにとぞ」「なんとか」「どうか」で、
「容赦」(ようしゃ)は、「取捨」「手加減する」こと。
「御容赦願います」で、手加減してください、で、お許しください。
目上の人に謝罪して許しをこう際に、現代でも使える。
「容赦はせぬぞ」といえば遠慮手加減しないの意。

「ご無礼いたした」は、礼儀を外して失礼しました。
「迂闊千万でござった」は、はなはだうっかりした。行き届かなくて申し訳ない。迂闊(うかつ)さを恥じる、失態を詫びる表現。

[一筆余談啓上]

詫びることばは、武士の時代になって、それまでとは様変わりした。
高貴なものへの慎み、憚り、遠慮であったものが、一個人の名誉の如何にかかわるものになった。
そのどちらにしても、相手に迷惑をかけたことをすまなく思い許しを求める、謝罪する、という意味だと理解する現代の感覚とは、距離がある。

御免は、鎌倉時代に入って武士に共有されたという。
免ずは、もともと、罪を許したり、大目に見たり、義務や負担をないものと見なす意。
「重科は遠流に免ず」(平家物語)で、平安貴族は怨霊を恐れて死罪をきらった。そういう軟弱な気風を一刀両断、切り捨て御免。
尊敬語の御は、自らがよってたつ誇りへの敬意だ。

面目ないは、かたじけないにとってかわったものと思う。
かたじけないをありがたい、感謝の意の側に押し出し、
尊いものに対して自分が恥ずかしいという意味を押し広げ、容貌の意味でしかなかった面目をあてた。
尊いものとは、世間に対する体面になった。容貌は、名誉と同一になった。

名誉とは、名であり、外聞であり、即ち、面目であった。
武士は何よりも面目を重んじた。
武士にとって最大の恥辱は面目を汚すことだった。
新渡戸稲造は「武士道、その根本は恥を知る、廉恥を重んじること」だと説く。
名誉を求め、不名誉を最大の恥とする精神が「面目なし」ということばを生んだ。
「面目次第もござらぬ」とは、よくもわるくも、もっとも、武士語らしい一言だといえまいか。

ところで「申し訳ありません」は、敬語としては誤用だ。「申し訳ないことです」
が正解。「ございません」を用いるのも丁寧なので「申し訳もございません」は正しい。

 

 

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