逆引き武士語『辞儀に及ばぬ』☜「遠慮するな」


『じぎにおよばぬ』

同席するようすすめられたけど、「遠慮します」とお断りするケースでのひと言が、「じぎつかまつる」(辞儀仕る)。
辞」は、別れをつげること。
礼儀正しく辞する、ということで「辞儀」
「辞退」「遠慮」のほか、「時や礼儀にかなった挨拶やその仕方」の意味もある。
「仕る」は、行うの謙譲語で「いたします」
「辞儀仕る」で、単に、「退出する」という意味でも使う。
頭を下げてする「礼」が、おを付けて「お辞儀」。

☞「およばぬ」(及ばぬ)は、「できない」「できかねる」「そこまでする必要はない」の意。

☞「辞儀に及ばぬ」で、「遠慮はいらない」という意の慣用句となった。

☞殿様なら「くるしゅうない」になるところ。
「苦しゅう無い、もそっと近こう寄れ」は、時代劇の常套句。
因みに、「苦るし」「不都合」「差し障り」の意。
「苦しゅうない」はその打ち消しで、「かまわない」「差し支えない」の意味になる。
男子小便器の壁に「苦しゅうない、近う寄れ」と、張り紙されている高校があるという話。ユーモアのセンス、とてもいい。

「湯の辞儀は水になる」
湯に入るのに、遠慮しあって、譲り合っているうちにせっかく沸いたのが、ぬるんでしまう。
遠慮も時と場合によるという警句。

☞江戸時代、武士に対する刑罰のひとつに「遠慮」というのがあった。いわゆる「禁足」の刑。
自宅にとじこまらせたもので、外出不可の謹慎に近い。といっても、夜間に限ってくぐり戸から外出が認められていたり、友人の訪問に応対することも自由だった。

☞遠慮は遠慮でも「気兼ねする」「ためらう」という意味では
「はばかる」(憚る)を用いる。
何かを言おうとするときにつけるのが、「はばかりながら」(憚り乍ら)
「申すも憚りのあることながら」と切り出す。
「恐れながら、生意気のようですが、発言をお許しください」と。
因に、「はばかりのある」(憚りのある)という言い方になると、
「支障がある、差し支えがある」の意味になる。

[一筆余談啓上]

おじぎに「辞儀」という漢字をあてたのは「時宜」が、政治用語
として伝わったものだったので、一般に、
馴染まなかったからだろう。
お辞儀というもの、日本特有の文化といってもよさそうだ。
というのも
中国にはそもそもおじぎの習慣がなかった。
中国でお辞儀をしている人を見るとしたら、僧侶くらいだと聞いたことがある。三つ編みを長く垂らした弁髪の清人が両袖口を前で合せて「謝謝」といっている光景をドラマで見るが、お辞儀をしていた訳ではなかった。
中国語で、頭を下げて、礼を行う意味にあたるのは「鞠躬」(きっきゅう)。鞠の如く身を丸めて身体を弓のようにすることをいう。

世界的にも、宗教や身分社会だけにお辞儀に似たようなものがあることはある。例えば、西洋の貴族の“Bow and scrape”
右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向に水平に差し出すスタイルのあれとか。韓国では両手をおへそのあたりであわせるのが、お辞儀にあたるとか。
日本のお辞儀は、外国人には理解しにくい奇妙な習慣だ、とよくいわれる。


かって、オバマ大統領が、初めて来日の際、
天皇陛下に会う折り、日本の文化に敬意を表したのか、深々とお辞儀をした。
一方陛下は、握手をしようと手を差し延べていたので、妙なショットに映って、話題になった。

平昌五輪スノーボードで金メダルのショーンホワイトが、表彰台に立った時、観客に向かって応援のお礼のお辞儀をした。それがニュースになるほど、欧米ではまだまだレアなシーンとして映ったようだ。

 

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