逆引き武士語『異な事』☜「また妙なことを」


『いなことを』

「いなこと」(異なこと)「い」(異)とは、普通とは異なっていること。
「妙なこと」「不思議なこと」「おかしなこと」の意味。
「い」(異)ひと言は、現在の「えっ?」のようなものだろう。
言葉として口に出す場合は「いなこと」(異なこと)という言い方で、多用されたと考えられる。
いなことを外聞に召さるなあ」(虎寛本・萩大名)※外聞=名誉

☞「また妙なことを」「変なこといわないでよ」というニュアンスで
相手の発言や質問をいなすときの決り文句的に、「異なこと」と用いただろう。
「これは異なことをおっしゃる」と言って、しらばっくれて、あしらう。

「縁は異なもの」は、「江戸いろはかるた」のひとつ。
男女の縁はどこでどう結ばれるかわからず、不思議なものだ。
この尾ひれに「味なもの」とか「乙なもの」が付いて慣用される。
不思議でおもしろい、という気分が加わっている。

「い」(異)には、「変化する」という意味もある。
兼好さんが「生、住、、滅の移り変はる実の大事は、猛き河のみなぎり流るるがごとし。しばしも滞らず、直ちに行ひゆくものなり」
“万物が生じ、存続し、変化し、やがて滅びる、この現象は激流のように移り変わるが、一瞬もやむことはない”無常迅速、だからやりとげたいことがある場合は、“足を踏みとどむまじきなり” 途中で休んではいけない、のだと説いている。(徒然草/第百五十五段)

[一筆余談啓上]

私事で誠に恐縮だが、
恥ずかしながら『ひ』と『し』を言いまつがえる。
その度「江戸っ子ですか?」と憐れみと侮りがまぶされて問われる。
小学生の頃、漢字にふりがなをあてるテストでは、満点を頂戴したことがない。
長じても、かえって意識過剰になって、さらに傷口を広げるようになった。
東はしがひ、朝日をあさし、表彰はしょうひょう、商品もひょうしん、
広くをしろくというから、白になってしまう。
「しどい事をしやあがった」「唾をしっかけられた」など「ヒ」と「シ」が混同している
滑稽本も散見されるので江戸っ子は、げに、そうであったようだ。

「江戸っ子だってねぇ」といえば、ご存知広沢虎造の次郎長伝。
三十石船で乗り合い衆が、街道一の親分の話となり、これを耳にした森の石松、清水の次郎長と答えた客に、
「酒飲みねぇ、鮨食いねぇ」
「江戸っ子だってねぇ」

「神田の生まれよ」とつづく
石松金比羅代参の一節がしびれる。

本所深川育ちの母親からは、
『とんとんちき』はもとより、よくよく江戸っ子言葉で咎められた。
『ざまあみろ』の頻度もっとも高し。自分の情けないさまを見ろと
失敗や不運を嘲って言う。
『こんこんちき』もさんざん言われた。こんは狐のことだが、人や物事に付けて強調したり冷やかしたりする。
『うすのろのまぬけのこんこんちき』と、けちょんけちょんだ。
母親のキメゼリフともいえるのが『へったくれ』
認めない、無意味、くそくらえ。
とるにたりない、
つまらないものや価値を認めないものを罵って言う。
殺し文句ともいえるのが
『ほえずらかくな』
吠え面(ほえづら)は、犬が吠えるように大声あげて泣くこと。
「かく」は、恥をかくのかくで人前にさらすの意。
『こんちくしょう』もよく聞いた。
どれもこれも、さしたる他意もなく、
威勢ばかりがよかったのが、懐かしい。

「つもりにもしれている」「しだらがない」「とりこんでいる」
「押せ押せになる」
「いぎたない」「のっけにでる」「けも無い」なども、耳に残っている。
「今日び」「早とちり」「ふるしき」「みそっかす」も江戸ことばだなんて知らずに、母親のいうままに、使っていた。

 

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