逆引き武士語『約する』☜「約束する」


『やくする』

義を重んじる武士同士の間で、あえて約束などをしただろうか、とふと考えた。

約束というのは、破られては困ることを破られないようにするために、互いを拘束する決め事。だとすると、
信義にもとることはありえないとする、武士にはなじまない行為だ。「これは約束だ、ゆめゆめ違えるなよ」などという会話があったとは考えにくい。
「やくじょう」(約定)というような契約の類はあったとしても、現代語の約束から逆引きできるような武士語は、存在しないということになる。
上代もそうであったように、武士の時代に入っても主に男女間でしか必要とされなかったことばだったように思う。

☞微妙だが、「やくする」(約する)、「約す」とは言ったかもしれない。
「約」を訓読みすると、むすぶ、おおよそ。
『字解』によると、糸を結ぶことを約といい。
「むすぶ、しばる、むすびめ、ちかい」の意味となる。
「約」は、縄を結んでその結び目の形や数で約束の内容を示すので、約束(ある物事について取り決め、将来それを変えないことを互いに誓うこと)という。
古くは重要な契約の文書を「約剤」といった。剤は銘文。

「約」の訓読みでもある「むすぶ」(結ぶ)
「誓い」に近いニュアンスの約束の意だ。
「絶えじい妹(いも)とむすびてし言(こと)は果たさず」(万葉集)
“二人の仲は絶えまい、妻よと、互いに約束したその言葉を果たすこともなく”
「大海の底を深めてむすびてし妹が心は疑ひもなし」(万葉集)

「ちぎる」契る)
古代、約束のしるしとして木や竹などに刻み目を加えた。
そこから「契」は「きざむ」また、しるしをきざんで「ちぎる」の意味となった。
「頼信、これを聞きて、ことしもそこそこにもとよりちぎりたらむように」(今昔物語)この一文からは、前から「約束」していたと解釈できる。
「あだなるちぎりをかこち長き夜をひとり明かし」(徒然草/第百三十七段)この一文は、相手の変心を嘆いている。約束は約束でも「婚約」をさす。

☞「ちぎり」と「むすぶ」が合体した「契りを結ぶ」は最強のとりきめだ将来夫婦になるという約束が大前提にあって、男女の交わりを結ぶという意味だ。契りをむすんでしまったら最期、もう逃れられない。

「ちかふ」(誓う)
「返す返すも散らさぬ由をちかひつる」(源氏物語/橋姫)
“ 重ね重ね他言しないことを固く約束した”

「きす」(期す)、語感からすると武士語にしたい。
覚悟するという意味で、正真正銘の武士語だ。
「期す」と書いて「ごす」と読むと、「予期する」「期待する」。

☞貴族の時代、約束事の多くは文書で交わされたからか、言葉にして約束を交わしたという意味の語も別にあった。
「いひきす」(言い期す)「言葉にして約束する」「口約束」。
「殿上にていひきしつる本意もなくては など帰り給ひぬるぞ」(枕草子)
“話し合って約束したことも遂げずにどうして帰ったの”
「いひちぎる」(言い契る)もそう。
「めむごろにいひちぎりける女の」(伊勢物語)
“心をこめて言葉に出して約束した女が”

「つがう」(番う)、「かたむ」(固む)も約束するという意味。それも、固く、しっかりと。
つがひしことばは 取りかへされず」(浄瑠璃/井筒業平)
約束や結びつきを固めるために取り交わすのが「固めの盃」

 

[一筆余談啓上]

約束というと、「指切りげんまん」が頭をよぎった。
無心に小指と小指からませて、嘘ついたら針千本飲ますっとやっていた。
この「指切りげんまん」さかのぼると江戸時代に行き着く。
指きりげんまんの「指きり」は、
遊女が客に愛情の不変を誓う証として、小指を切断して己の小指を切って送ったことに由来する。
やがて、この「指きり」が一般に広まり、約束を必ず守る意味へと変化した。
指切りって、指を切ることだとは思いもしなかった。
「げんまん」は「拳万」で、「指きり」だけでは物足りず、握りこぶしで1万回殴る制裁で、さらに「針千本飲ます」で、約束を破ると大変な目にあわされると子供ごころにもたたきこまれた。

遊女が送る大半の「小指」は作り物。
小指は第一関節しか切らないため、包帯を巻いておけば他のお客さんからバレないということだったらしい。
死体から指を切って売る「指きり屋」といわれる職業も存在していたというから、恐い。
小泉今日子が品川の遊郭の遊女を演じた『やじきた道中てれすこ』という映画で、この「指切り」が使われていた。
こちらは、喜劇なので面白半分。
新粉細工職人弥次郎兵衛に「切り指」の細工を頼んでは、
贔屓の客に、偽の「切り指」と起請文を渡すというもの。
後に大挙して押し掛けられるという、落ちも用意されていた。

 

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