逆引き武士語『下知する』☜「命令する」


『げちする』


「げち」
は、命令、指図すること。
上から下に知らしめるから、漢字表記は「下知」。
「命令する」
「下知する」。

☞『平家物語』には、戦記シーンで「下知」が頻出する。(げぢと読む)
“みな平家の下知とのみ心得て”
“「ひたひたと乗ってかけよ、ものども」と下知せらるける”
“四国の者共に軍(いくさ)ようせよと下知せよかし”
“総じて鎮西の者、義経を大将としてその下知に従ふべきよし”
などなど、源平の戦では、「下知」が飛び交った。

☞滝沢馬琴の『里見八犬伝』では“士卒に下知して戦鼓をうちならし、ときの声をあげさせた”とある。

「両方聞いて下知をなせ」
双方の言い分を公平に聞いてから判断すべきだということ。
もとより、「片口聞きて下知なすべからず」でもある。
「片口聞いて公事を分くるな」という言い方もある。

☞命じるということで「おほす」(仰す)もあり。
ことばを負はせる、ということで「負ほす」。
言う、命じるの尊敬語として「おほせらる」「おほせ給ふ」というように用いた。
「お言いつけ、ご命令」は「おほせ」(仰せ)、転じて「おおせ」(仰せ)
“腹をきらせ給へと家康へ可被申と仰せけれ
“誠に仰せのごとくでござる”
「お命じになる」は「おおせつける」(仰せ付ける)。
“一番合戦仰付けられ候はずば”
“不埒のことにつきお叱り仰せつけられ候”
“被仰付候”(おおせつけられました)

☞現代語で「おっしゃる」「おほせある」が変化して今に、伝わる。

「仰せのとおり」「仰せのままに」は、「言われた通りに行動します」という意味で、指示命令に対する服従の表現。

☞「御意」
も目上の人への返事に使うことばだが、それだけだと「あなた様のお考え通りです」という肯定の意志を示すに過ぎない。相槌を打つようなもので、「ははっ」というニュアンス。
テレビドラマ「ドクターX」で、居並ぶドクターが、口を揃えて「御意」といっているが、別にお言い付けに従いますとは言っているわけではない、というところが微妙で面白い。
「御意のままに」とまでいえば、了解しました、承知しましたの意味になる。

「ぎょい」(御意)自体の意味は「仰せ」と同じ、指図・命令の尊敬語。御心、お考え、ご意向、思し召し、お言葉。
「この御意を破らんことも罪深しとて」(保元物語)

「御意を得る」というと、お考えをうかがう、お目にかかるという意味になる。
御意を得たく存じ奉る」。

「おたっし」(御達し)は、上司から部下に出される命令。指示、通知、通達。

「めい」(命)も命令の意。
命を帯びる」「命に背く」など慣用される。
命を受けては家に辞せず”とは、
武将は、命を受ければ、家人に別れを告げることもなく、ただちに出陣しなければならない、という中国の兵法書の教え。(呉子)

[一筆余談啓上]

「下知」する姿がもっとも似合う武将というと、織田信長であろう。
奇妙な格好、奇行で尾張の大うつけと揶揄された。
周囲の目をあざむくために演じていたというが、
慣行にとらわれず自分の感情に率直だっただけのことだと思う。
クリエイティブなライフスタイルを機能性にモード性を加味した最先端ファッションを楽しんでいたのだ。

婿殿信長が「うつけ」かどうか舅の斎藤道三が品定めをするシーン。
太田牛一の書き残した『信長公記』によると、そのときの出で立ちは
「茶筅髷、湯帷子を袖脱ぎにし、太い麻縄を腕輪にして、火打袋、瓢箪七つハつほどをぶらさげ、半袴」といういつもながらのうつけスタイル。
町外れの小屋に隠れて、信長の行列を覗き見していた道三、うわさ通りのうつけよとほくそえんだ。
が、いざ会見の席。凛々しくも颯爽と褐色の長袴をはき、正装で登場したから、道三びっくり肝をつぶした。
大向こうを唸らせる若き信長ドラマのハイライトだ。

それは、お互いの首をかけた外交上の凄まじい駆け引きだった。
とくに信長の覚悟のほどは尋常ではなかったはず。
「うつけ」ぶりも、演出というより、「合理主義」に徹しただけのこと。
行き帰りは動きやすい楽な格好のほうが疲労しないし、
会見の席では、正装であることの方が自然。
でなければ、無礼者と
その場で手討ちされても然るべきるだった。
しかも、配下を臨戦態勢にして鉄砲隊の銃口は、すべて会見場に向けられ、無言の圧力をかけている。

幕末勝海舟が、江戸湾に避難用の船をかき集めておいて、
ノーなら江戸に火を放つと西郷隆盛につきつけたのと重なる。
交渉とは、かくあるべきものなのだろう。

 

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